明けぬ夜の夢

泣いたり後ろ向きになることもあるけれど 少しずつでも歩いていくよ

そのうち風がふいてくる

 以前、所属していた合唱団の友達からメールがありました。先日、コンクールの県大会で金賞&理事長賞をいただいたことと、支部大会では一緒に歌いませんか?というお誘いでした。(コンクールは県大会→支部大会→全国大会という流れ)

 うーん、支部大会まで約1ヶ月で現代曲の音取りやら暗譜は難しいなあということと、練習に通うのは今の私の状態ではキツイと思ったので、「体調が良くなったら、また」ということで返信しました。

 ま、しょうがないんですが少し気分が落ちました。

 その後、何気なくフルート講師をしている友達に「よいピアノの先生はいないかなあ」と電話しました。あんまりキッチリじゃなくて、のんびーり習えるような先生。そしたら、話が別のことになって。

 その友達と他のピアノの先生の三人で、大人の生徒さんのコンサートを10月にやるのだそうで、私も演奏することになっちゃったよ!

 実は、去年は「聴く人」で参加させてもらったのですが、コンサートと言っても、ケーキやお菓子&飲み物付きの、なごやかな会です。人前で弾くことには変わりないのだけれど、みんな楽しんで演奏しているので(止まっても間違えても、ご愛嬌)、気軽に参加できるかなあと思って。

 主治医が「今は休んでいてもいいんですよ。そのうち風がふいてきますから」と言っていたんですが、その通りかもと思ったのでした。

 合唱団の友達からも「待ってるからね」とメールが返ってきたし。

 何だかとっても嬉しかったので書いておく。

ちょっとは進歩かなあ

 不安半分、楽しみ半分だったはずなんですよ。でも、帰ってきてから、びーびー泣いてしまったですよ。

 昨日は学生のとき、実習班が一緒だった同級生の集まりに行ってきた。三年生の臨床実習は一年間、同じメンバーでいろんな科をまわる。誰でも一度は泣くし、辛いことも一緒に乗り越えた仲間という意識が強く、卒業しても年に一度は集まったり、班によっては泊りがけで温泉に行っているところもあるらしい。

 私は離婚だの入院だのいろいろあって6年ぶりの参加で、楽しみは楽しみだった。久しぶりの遠出だったし、ちょっと不安もあったけれど。遠出といっても快速で33分、バスに乗って20分なんだけれど。でもちょっとしたチャレンジみたいな感じ。

 で、そのときは楽しかった。みんな子どもを連れてくるんで、大人8人、子どもは9人で上は中一から下は生後三ヶ月までで、すごくにぎやかで、きゃらきゃらとアホなことを言って笑って、はしゃいで、楽しかったはずなんだけれど、帰りの電車で既に涙目になっていて、家に帰ってからは大泣きですよ。

 なんか「仕事は?」とか「思ったより元気そうだから」とか、何気ない一言がグサグサきてたり、あのにぎやかな中でただ一人、子育てもしてない仕事もしてない自分て何なのかなあということを思ってしまった。

 そして、ぐっちゃぐちゃの顔で泣きながら、母に愚痴を言ってしまったのでした。「卒業して15年も経てば、皆、同じってわけにはいかないよねえ」と母。そうだ。そうなんだけれど、何だか辛かった。「でも、今のあんたには辛かったかもしれないね」と言われ、また大泣き。

 でも行ってこられたね。それだけでも進歩だね。去年はとてもじゃないが行けるような状態じゃなかった。病気のこととか離婚のこととか詳しいことを知らない人たちと接することができただけでも、いいんじゃない?すごいんじゃない?

 きっとみんな、その場では言わなかったり、言っても笑い話にしちゃったりしてるけれど、辛いことはあるはずだしと思ったら、大げさじゃないちょっとした気遣いとか、「ちょっと!一番遠い、ののかが一番に来てんよ」と言ってくれたことを思い出して、また泣いてしまったのでした。

 家族と主治医以外の人と会うのも久しぶりだったので、これは進歩だよね、きっと。そして色々あっても、ああいう義理って感じでもなくって会える友達がいるのってよいことなのかもしれないと思った。これからも、みんないろんなことがあるんだろうし、いつまで集まれるか分からないけれど、また来年も会えるといいなあと思ったのでした。

薬のことというか医療のこと

 この間の診察で主治医に「先生は薬物療法について、どう考えているんですか?」と聞いてみた。今の主治医になってから新しく処方された薬はなく、精神療法でずっと様子を見ている。もっとも特に状態が悪化することなく、むしろ安定に向かっている感じがするので、そのこと自体に不満があるわけではないのだけれど何だか薬物療法に対して否定的なのかなあと思っていたので聞いてみた。

 主治医は「実はね、私は研修医の頃は、リハビリなんて信じてなかったんですよ。作業療法なんか意味がないと思っていた」と言った。えええ〜〜、意外や意外。

 私の主治医はリエゾンもしていて、がんの末期の人にかかわったりしている。例えば、鎮痛剤を使ってもなかなか痛みのコントロールができない人がいたとする。「そういう人に対してね、看護師さんが足のマッサージなんかしながら、話を聞いたりするんですよね。そうすると不思議と鎮痛剤の量が減っていったりする。そして同じ薬を使っても、医者がどういう説明をするかとか、その人が薬を使うことに対してどう思っているかなどで結果が違ってきたりする。人間というのは複雑なもので、薬物で全てが解決するかっていうと、そうじゃない。もちろん薬物療法は治療の中で大きな役割を果たしていますけれどね。でも、この薬を飲んだから良くなったという証明は、なかなかできないんですよね。」

 そうだよなあと思った。「証明」となると難しいんだろう。それは、精神科に限らず他の科でもそうなんだと思う。

 私は、入院していたときは本当にひどい状態のときもあったんだけれど、一体、何が効いて良くなったかなんてのは分からない。以前の主治医は最終的に行き着いた処方に関して「これが今、自分が考え付く中でのベスト」と表現した。

 今の状態まで良くなったのは、様々な要素が重なり合っているんだろうと思う。もちろん薬も関係あるだろうし、環境や物の考え方や時間の経過なんかも関係してくるんだろうと思う。今まで、診てもらった医師や今の主治医と「あーでもない、こーでもない」と、模索してきた結果が今の状態なのかなあなんて思う。

 私は医療は万能だとは思っていないし、とても曖昧なものを含んでいると思う。絶対よくなるなんて言われたら、むしろ疑ってしまう。だって対象は人間という複雑なものなのだから、「絶対」なんてことはあり得ないでしょう?と思ってしまう。まあ、「絶対に治ります」なんていう方法があるんだったらいいとは思うけれど実際はないと思う。だからって医療を信じていないわけではないけれど。何ていうか、自分の快復能力を生かすための手段として医療があるという感じなのかなと最近は思う。

難しい

 診察メモ

 今の病院は予約制なのだけれど、たいてい30分から1時間くらいの待ち時間がある。今回は待っている間に、何だかぱらぱらと涙が出てきて困った。「これでは変な人ではないか、いや精神科の待合なのだから変な人でもいいのか」などと思いながら頓服を飲むが、頭もごちゃごちゃしてきて「やばいぞ」と思ったところで呼ばれる。

 診察室に入って、すぐにベッドで休ませてもらう。前回の診察のときは調子がわりと良かったので「一人で通院できるかも」と能天気なことを言っていたのだけれど、こんなのでは無理だなあと思う。

 主に母と主治医の会話で診察がすすめられる。

母「落ち込むのを見ていると、何だか可愛そうで、何かよい薬があればと思うんです」

主治医「そんな魔法みたいな薬はないですよ」

母「良いときと悪いときの落差が激しいんです」

主治医「みんな、そうですよ」

 主治医は、時間はかかるものだと思ってください、と母に言っていた。周囲の人も、なかなか苦しいとは思うんですけれどね。彼女は基本的に頑張ってしまう人だから、もう少し気の抜き方を覚える必要があると思う。ただ、それを自分のものにするには時間がかかるし、あと精神力(精神エネルギー)がたまってくるのにも時間がかかると思ってください。

 本人は良くなりたい気持ちが強い。それは悪いことではないと思う。これが「私は、もうダメなんだ」とこもってしまうと、それはそれで大変なので、何ていうか懲りずに挑戦し続ける根気強さというのは持っているんでしょうね、と。

 私はずっと横になりながら主治医と母の会話を聞いていたのだけれど、「懲りない」っていうのは正しいと思って、そこで笑ってしまった。本当に懲りないよなあと自分で思う。頭が悪いんじゃないかとも思う。そして、主治医は「もっと甘えてもいいんだ」と言うんですが、これ以上、どうやって甘えるというんだろうか。私、十分に甘えていると思うんですが。難しいことを言うなあ。

 今の状態では、ここまでだったらやれる、ということを感覚として獲得していかなくちゃいけないんだけれど、それには多少の失敗を経験しないと分からないだろうなあとも思う。あとは、あきらめなのかなあ。完全なあきらめ、ではなく、今の状態でのあきらめ。

少しずつ遠く

 診察メモ

 最近の体調のことを一通り話す。食べられるようになってはきたけれど、「何か食べたいものはあるか」と聞かれると、思いつかないことが多いこと。外出はまだ努力しないと難しいことなど。

「そういう意欲が自然な形で出てくるには、まだ時間がかかるんでしょうね」と主治医。

「あとは何か気付いたことは、ありますか?」

「元の夫に対する気持ちが、変わってきたなと思います」と答える。

 以前は、元夫に対して「幸せになってほしい」と口では言っても、それはどこか嘘でしょみたいな感じがあった。やっぱり二人で暮らしたかったなとか、落ち込んだときなんかは酷い言葉を心の中で思ったりとかしていたんだけれど、それが無くなってきたなと思う。

 今は「幸せになってほしい」とまでは思わないけれど、もし私と離婚したことを気にしているなら、それは気にしないでほしいなと思う。彼がどう思っているかなんてことを確かめようとまでは思わないけれど、上手く過去のものにしてほしいなと思う。それは私の勝手な願いなんだけれど。

私「以前は、前に住んでいた街の風景を鮮やかに思い出すことが多かったんですけれど、最近は輪郭がぼやけてきた感じがします」

 主治医は、少し考えてから「前のだんなさんとの生活を、自分の中でどう位置づけていくか、というのはあなたが決めていくことなんだろうと思うんです。でも、その作業をするには、ある程度その出来事を今の自分から少し離して見ることが必要だと思う。多分、それが少しずつできるようになってきたのかなあ」と言った。

私「そうですね。辛かったですけれどね。何だか、その辛かったことも過去のことになってきたんだと思います」

主治医「ん?辛かったというのは、いつのこと?」

私「えーっと、元夫が出て行ってから離婚するまでの約一年半ですね。辛いって言っても、自分が選んだんだからしょうがないんですけれど」

主治医「僕はね、いつもその話を聞くと、あなたは強いなあと思う」

私「いや、ただ頑固なだけだと思います。訳が分からないで離婚するのは嫌だったし、もし理由が分からなかったら同じことを繰り返すんじゃないかと思って。でも周囲の人にはすごく迷惑をかけてしまったし、ものすごく心配させてしまった。最初は皆、反対しました。前の主治医も両親も。だから悪かったなと思います」

主治医「でも、あなたの言うことは筋が通っているし、それは譲れない部分だったんだと思うんですよね。もちろん周囲の人は心配だったと思いますよ。でも結果的に、あなたは自分の納得できる方法を通したし、周囲も無理やり実家に連れ戻すなんてことはしないで、あなたのやり方を認めたというのは、すごいことだと思うしそれは正しかったんだと思いますよ」

 主治医は「それは、あなたがもともと持っているものを周囲の人が分かっていたんだと思うんですよね」と付け加えた。

 そっかあ、そうなのかあと思う。そういえば前の主治医は「僕が親だったら無理にでも実家に連れていくと思う。でも彼女は納得しないと絶対に動かないでしょうね」と言っていたらしい。(これは実家に帰ってきてから母に聞いた)なんだか、すごく迷惑な人だなあ。でも周囲はそれを認めてくれたんだなあ、というか支えてくれたんだなと思う。

 実際、あのときは本当にいろんな人に助けられたと思う。友人や女性センターの人や生活支援センターの人たちなど。ネット上でも助けられたなと思う。いやあ、どこの誰かも分からない頑固な人に、よくかまってくれたというか助けてくれたなあと思う。ひとりひとりのお名前は出さないけれど、感謝しています。本当ですよ!ありがとう。

私にとっては「すごいこと」なんだけれど

 先日、母と二人で映画を見てから外食。これって私にとっては「すごいこと」。しかも、その前の日は診察だったから二日続けての外出だし、本当に「あ〜、同じことの繰り返しばかりのような気がするときもあるけれど、少しずつ良くなっているんだなあ」と思う。

 映画を見るためには、軽くお化粧して、服を選んで、バッグに必要なものを入れて、とその細かいステップが以前はできなかった。映画を見るというのは「娯楽」なんだけれど、そういうことに関しても意欲が無くなってしまっていたのだから、やっぱり私にとっては「すごいこと」なんだよなあ。

 そのあとの外食だって、以前は「食べたいもの」とかじゃなくて「食べられそうなもの」を選んでいたし、「行きたいところ」じゃなくて「行けそうなところ」を選んでいたんだし。それでも緊張が強くて途中で頓服薬を飲んだり、「食べなくちゃ」という思いばかりがあって、それでも食べられなくて落ち込んだりしていた。食事って楽しみなことなのに、「修行」みたいな感じ。

 だから「映画を見て、外食」ということを、それなりに楽しめたというのは、私にとって「すごいこと」なんである。

 でも母は、そういう部分よりも「具合が悪くなったとき」の方に目がいくわけで、食事をしながら出てきた話題は「もう少し今の状態より良くならないかなあ」ということだった。私は「落ち込みはしょうがない。以前よりは落ち込む程度も回数も少なくなっているし、いいんじゃないか」と思う。でも母は「落ち込むのは辛いだろうと思うから、主治医にもう少し何とかしてほしい」と言う。見てる方は辛いんだろうなあとは思う。

 そして「薬をもう少し調整してもらえないだろうか」とか「違う薬を試すことは、できないんだろうか」と母が言うので、私も考えてみた。でも今の処方は本当にいろいろ試してみて行きついたものなのだし、新しい薬をかぶせるのはバランスを崩してしまうような気がする。それに量の調整なんかは、自分から主治医に話をしているので、それでいいんじゃないかと思っている。

 「今の状態まで良くなってきたこと」に、もう少し目を向けて欲しいと思うのはわがままなのかなあなんて思って、そのことを母に言ったけれど何だか考え込んでしまったので、「ちょっとこの話は保留にしよう」と言って話を切った。

 家に帰ってしばらくして、母が私の部屋のドアをノックしたので「何?」と言うと、そっとドアを開けて「ごめん」と言われた。そして「今日みたいに、あなたが調子が良いと私も気持ちがすごく楽になって、普段だったら言わないことを言ってしまった」というようなことを言った。

 う〜、また罪悪感を刺激するようなことを…。ちょっと考えて「実家に帰ってくる前はさ、お母さんに言えないことがいっぱいあったんだよね。本当に助けてほしいときに助けてが言えなかったり。最近は言えるようになって、私はずいぶん楽になったと思う」と言った。それから病気のことや主治医の治療方針についての受け止め方が、私とお母さんではかなり「ずれ」があるんじゃないかな、とも言った。

 なので次回の診察のときに先生と話をしたら?と言ってみた。母は「何だか私、あの先生と話すと、その場では納得するんだけれど…」と言うので「でも、実は納得してないんでしょ。そのことも先生に言ってみたら」と言ってみた。ん〜という表情をする母。「私はちょっと何でも先生に言い過ぎかも、と思っちゃうけれど、お母さんはもう少し先生に言いたいことを言った方がいいと思うよ」と言った。

 …お世話になっているのに偉そうかなあ、と思ったけれど、それは気にしはじめたらきりがないしなあ。

親が教員のメリット、デメリット

 ミクシィで、親が教師の人たちのコミュがあって、ちらちら読みながら「あ〜分かる分かる」というのがあったので書いてみる。ちなみに私の場合は父親が小学校の教員、母親が小学校の養護教員、伯母が中学校の教員、叔父が私立高校の教員という感じで、教員の家系には教員が多いという俗説(?)を、そのまま表しているようだと思う。

 まずデメリットから

・担任の先生が自分の両親のことを知っているので気まずい。
・担任の先生から「これ、お父さんに渡しておいてね」と仕事関係(?)のお手紙を渡されると、ますます気まずい。(←これは今の時代ではないことだと思う)
・市内統一テストで良い点数をとったりすると「お父さんに事前に問題を教えてもらったんだろう」と言うヤツがいる。
・成績が良いと「親が先生だから」と言われる。
・成績が悪いと「親が先生なのに」と言われる。
・新聞に『市内の小学校教師が行き過ぎた体罰』とか書いてあると、「お父さんが何かして新聞に載ったらどうしよう!」と、ビビッてしまう。
・運動会のときに親がいなくて寂しい。(行事が重なって親が来られないことが多い)
・宿泊学習の出発の日に親がいなくて心細い。
・中学校に入学したとき、別の小学校から入学してきた人たちから「○○先生の子どもだあ」と遠巻きに見られたりする。
・何か悪いことをすると父親に「反省文を書け!」と言われる。
・小さい頃から「教員になってほしい」と刷り込みが入る。(妹は就職活動をしながら教育実習をして、教員採用試験の願書まで出した。もちろん教員になるつもりは全くなかった)

 次にメリット

・何だかんだ言って小学校の教員の場合は、夏休みがとりやすく旅行に連れて行ってもらえる。(今は分かりません)
・でも、旅行先は修学旅行コース。しかも後で感想を書かされる。
・小学校三年生のときに、父親の特訓を受けて逆上がりが出来るようになり体育の成績がちょっとだけ上がった。(その後、また下がった)
・夏休みの自由研究の課題のヒントになりそうなものが家にゴロゴロある。

 就職してから感じたこと(すぐに辞めたけれど)

・仕事から帰ってきてからも父親の「ご指導」があり、仕事気分が抜けない。
・指導教員の訪問のときに「お母様がいらっしゃるのに、私が教えられることがあるかしら」と恐縮されて困った。

 最近、気付いたこと

・何だか母の退職金のことで郵政の営業さんが来ます。
・なんだかんだ言って、企業に就職した弟や妹と比べて世間知らずだと思う。
・父は文書を作るときに「一太郎」を使う。
・B4、A4、A3の普通紙が父の部屋に行けば手に入る。
・屋根裏に和文タイプライターがある。
・昔は「親が教員」というのが、ものすごく嫌だったけれど、最近は「しょうがねーや」と思う。
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人の「こころ」

 これは昔から時々、経験してきたことなのだけれど、私はある種の人からはとても嫌われるらしい。多分、その人の劣等感や触れられたくない部分に触れてしまうのだと思う。

 ある事柄について話をしている。そのことについて私が意見を述べる。急に相手がヒートアップし、私の性格について攻撃してくる。その事柄についてではなく、私の性格、あるいは私自身について、である。

「冷たい」
「頭が良すぎるからダメなのよ」(←どこがだ?)
「知識がじゃましてる」(←どこがだ?)

 私は理屈っぽいらしいので、そのように見られるらしい。
 「らしい」というのは、その人が「そのように感じた」という根拠が示されないからである。「冷たい」と言われれば「冷たい」のかもしれない。

 で、私にも一応「こころ」はあるらしく、そういうことを言われると傷付く。しかし、相手には傷つけた自覚はないらしい。

 傷付いたときに、私は自分の好きなものを思い浮かべる。星空。数字。壁紙の模様。建築物。食品成分表。方程式。楽譜。音符。計算されつくされた物の美しさ。自分が下手なりにピアノが弾けて良かった、と思うのは、こんなとき。鍵盤を押す。(あるいは叩くというのか)音符が音になる。音の連なりが音楽になる。こういう時は「練習」ということを意識せず自由に弾く。指が動くままに弾く。その中で「こころ」が少しずつ静まっていく。

 「こころ」はとても不自由なもの。私にとって一番、難解なのは人の「こころ」だと思う。
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信じたい

 何だかね、私は人を信じたいんだと思った。
 
 今まで、たくさん人に助けられて、やっとやっと生きてきて、それで今の私が存在するのだから。
 最近、ニュース見たり、新聞読んだりしていても、誰が悪いとかいう話ばっかりでしょ。気持ちがパサパサしてくる。

 みんな一人で生きているわけじゃないでしょ、とか思う。

 前の主治医が言ってた。
 「酷いだけの人なんていないし、人はその場その場で態度を変えるものですからね」

 悪口言っている人が悪いだけの人っていうわけじゃないし、優しいことを言ってくる人が優しいだけの人っていうわけじゃないし。この人は悪い人、この人は優しい人、この人はいい人、とか人はそんな単純なものじゃないものね。

最近、読んだ本のメモ

自分自身を愛する自分自身を愛する
(2004/09)
ワルター トロビッシュ

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 翻訳のせいなのか、集中力が足りないせいなのか、ちょっと自分の中では消化しきれていない本。でも、おそらく繰り返し読むたびに何か発見できる本なのかも。

 一番、心に残ったのがこの部分。

愛されたことのない人は、他人に必要と思われる職業に就き、自分の必要感を満足させ、同時に、自分の自己に対する評価まで、高めようとするわけである。(p.48)


 私は自分の職業に対する感覚について、疑いを持っていて、学生のときに、ちはるちゃんともよく話した。なぜ、看護婦になろうと思ったのか。それは自己犠牲なのではないか、自己満足なのではないか。
 そういえば、最初の職場の先輩は「私はサラリーマンナースなの」と言っていた。よく「プロ意識を持ちなさい」と言われたけれど、それはどういうことなのか。今でも、上手く言葉では説明できない。
 今後、働けるようになるのか、働くとしたらどういう仕事に就くのかなんてことを、時々考える。今は、まだまだの段階だけれど。



犯罪被害者の心の傷犯罪被害者の心の傷
(2006/07)
小西 聖子

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 犯罪被害者の心理と援助について分かりやすく書かれた本。入門編という感じ。
 最初の事例の部分は、まだ今の私にとっては読み進めるのが辛く、何度も本を閉じなけらばならなかった。

 犯罪被害者の援助をする際、「聴く」ということの重要性。これは基本的なことであり、大切なことなのだと思った。
 あとはサバイバーによるカウンセリングの特徴について。有利な点と危険性の両方が存在すること。これは私自身も何度か失敗を経験しているし、相談されたこともある。私が多く経験したのは、依存的な関係に陥ってしまうということだった。
 しょっちゅう電話がかかってくる。話を聞いているうちにお互いに調子を崩してしまう、ということは、よく聞く。線引きをきちんとする、巻き込まれないということは、自分を守るためにも必要なのだと思う。

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